映画と私の物語/居酒屋兆治 2

「奥さん、生きのいいの入ったよ!」
「さあ、今夜のおかずはこれに決まり!」
 威勢の良い声が飛び交う函館市中島町の「中島廉売(れんばい)」。鮮魚店が並ぶ魚屋通りを抜けた路地に面する漬物製造販売店「N商店」(N.N社長)の初代経営者、 N.Tさん(70)と妻N子さん(68)は1983年の映画「居酒屋兆治」の冒頭、居酒屋を営む藤野英治(高倉健)と妻茂子(加藤登紀子)が市場で買い出しするシーンに”出演”した。漬物を買い求める英治に商品を渡すのが当時43歳だったN子さん、隣で仕事をしているのが45歳のN.Tさんだ。
 「あの高倉健さんが目の前にいるんだもの。緊張してガチガチになっちゃった」と振り返るN子さんに、Nさんは「俺は平気だったよ。休憩中、『ここは人が多いなあ』と言う健さんに、『いつもだよ』なんて声も掛けたなあ」と応える。

 当時の中島廉売は、ハワイ旅行やカラーテレビが当たる「中島れんばい夏まつり」などの催しも盛んで、連日にぎわっていた。撮影は特に忙しい昼時に行われ、周囲を通行止めのしたが、野次馬や客で「黒山の人だかり」だったという。

「居酒屋兆治」の思い出語る

「加藤登紀子さんは撮影の合間に漬物を味見してくれたよ」と話すNさんとNさんの奥様。当時の撮影風景を撮った写真は額縁に入れて記念にとってある。

時代おくれの酒場

 徳島県の漬物屋の次男として生まれたNさんは、21歳のころ親族を頼って来道。市内で働く中、朝市の佃煮屋の娘だったN子さんと知り合った。2人は手作りのの漬物販売をゼロから始め、車で商品を売り歩く地方売りを1年間続け、中島廉売に店を構えた。「本州と北海道では好みが違う。お客さんの反応を見ながら味付けを変えたり工夫をしたよ」
 営業はことしで46年目を迎えた。数年前、長男Nさん(46)に店を任せ、今の楽しみは家庭菜園。N子さんは今でも時間があると店先に立つ。

N.T・N子さん  苦労もなんの 夫婦一心同体

 魚屋通りにある「K鮮魚」の専務、K.Kさん(71)も冒頭の市場風景に登場した。魚を並べる仕事ぶりが映り、「一瞬だったけど夫と行った劇場で観たとき、すぐに気づいてうれしかった」と表情を和らげる。
 中島廉売内の鮮魚店の娘で、学生のころから店を手伝い、22歳でK鮮魚に嫁いだ。立ちっぱなしの毎日を「ゆるくないけど客商売が好きだから」と笑う。撮影から25年経った今も、中島廉売の雰囲気は変わらない。
 漬物屋を始めた当初、貧しさに身を寄せ合って暮らしたこともあったというNさん。「故郷に帰ろうと思ったことは?」と尋ねると、「そんなことを考える余裕もなかったな。若い時に苦労した経験は一生の宝物だね」とさらり。
 高倉健さん演じる英治は造船所を辞めた後、第二の人生に自営業の道を選び、妻と2人で小さな居酒屋を構えた。客商売に明け暮れたNさん夫婦の人生が、映画の中の夫婦と重なって見えた。

居酒屋兆治のロケ話

「映画の公開後は、近所の人から声を掛けられた」
と振り返るKさん。

 「居酒屋兆治」(1983年、カラー125分、東宝、田中プロモーション。降旗康男監督、高倉健、大原麗子、加藤登紀子、田中邦衛ら出演)
 函館で居酒屋「兆治」を妻(加藤)と営む藤野英治(高倉)の店には、親友や常連客らが日々集っていた。ある日、昔の恋人さよ(大原)が現れ、嫁いだ先の牧場が火事になった晩に姿を消してしまう。さよを心配する英治。2人は若いころ、互いの幸せを願ったゆえに別れを選んだのだった…。赤レンガ倉庫街やトラピスト修道院、七財橋などの函館の名所が至るところに織り込まれている。

《管理人のコメント》
函館でのロケ撮影場所が『ギターを持った渡り鳥』や『渡り鳥北へ帰る』でも見られる場所が登場します。この映画を観ながら「渡り鳥シリーズ」と重ねてみても面白いかも知れません。そんなことを考えつつ改めてこの映画を観ようと思います。

2008年2月8日 函館新聞 掲載

「函館新聞」新目七恵 様に感謝致します。