硝子のジョニー編2

「あら、ちょっとあんた、しばらくね」

相手の肩をポンと叩いた途端、周囲から数人がどっと駆け寄り、
「カット!カット!」の声が飛んだ。「え? え? 何?」
函館市内に住むS・Sさん(66)は、1962年の日活映画「硝子のジョニー 野獣のように見えて」の同市内での撮影に関する出来事を夫のHさん(72)と話すたびに、思いだし笑いがこみ上げる。

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向こうからアイ・ジョージさんが歩いてきたのよ」。偶然撮影現場に出くわした思い出を語るS・Sさん

 それは新婚当時、Hさんの転勤に伴い、生まれ育ったオホーツク沿岸の紋別市から函館に移り住んで数ヶ月経った62年初夏のことだ。
当時共働きだったSさん夫婦はその日、夕飯を外食にしようと松風町で待ち合わせ、飲食店に向かう途中だった。そこだけやけに明るい小路に入ると、正面から見たことのある男性が歩いてくる。友人もいない土地で知り合いに出会えたうれしさから、S子さんははつい声を掛けた。
そこで「カット!」の声だ。
驚くS子さん。よく状況を飲み込めないまま、スタッフらしき男性に引っ張られたことを鮮明に覚えている。Hさん(夫)に手を引かれ、慌ててその場を立ち去った。
 2人が通りかかったのは撮影真っ最中の現場。路地の明るさは撮影ライトのせいで、S子さんが声を掛けた男性は、昔の女性を探して繁華街をさまよう元歌手で人買いの男「秋本」役を演じるアイ・ジョージさんだったのだ



硝子のジョニー 野獣のように見えて

S・Sさん   根を下ろし町に愛情そそぐ

 アイ・ジョージさんは撮影の前年、歌謡曲「硝子のジョニー」が日本レコード大賞歌唱賞に輝く大ヒットとなり、連日テレビに登場していた。
S子さんは当時21歳。「今思うと、初めての土地での暮らしが心細く、人恋しさもあったかも。テレビでいつも見ていた歌手を知り合いと思い込むなんて、そそっかしいわね」と笑う。
 その頃は映画名が分からず観る機会を逃したが、昨年12月、S子さんは函館市内で開催された「第14回函館港イルミナシオン映画祭」(実行委主催)で初めて鑑賞することができた。
 S子さんは、劇中で昔の女性の消息を探す秋本が公衆電話を掛け、小路を歩くシーンを挙げ、「私が見たのはきっとこの場面。黒いシャツを着たアイ・ジョージさんが目に焼き付いている砂利道や風景に見覚えがある」と懐かしむ。

 撮影現場に出くわした日から46年。2人の娘の出産、子育てを経験したS子さんは今ではすっかり ”函館の人”。「函館観光ボランティア・愛」の一員としての活動は今年で6年目を迎え、日々観光客らに函館の魅力を伝えている。
 現在、松風町内のその小路周辺は駐車場や廃店も増え、スクリーンの風景とは様変わりした。「昔はスナックや飲食店が建ち並び、もっとにぎやかで広い通りだと感じたけど…」S子さんはつぶやいた。

《管理人のコメント》
撮影中に役者さんに声を掛ける・・・ってのは、昭和時代のコントネタにあったような。大阪のおばさんの一部は撮影中であろうが「アメちゃんいるか?」って声をかけるかも知れない。
 でも、このS・Sさんにすれば良い思い出ですね。東京では日常的に街中のロケ現場に行き合うことがよくありますが、みなさん無視するか遠巻きにしてますから。何にしろ大切な思い出に違いないですね。

2008年1月11日 函館新聞 掲載

「函館新聞」新目七恵 様に感謝致します。