渡り鳥シリーズ2

 「映画のじじいが来たぞー!」。全国でも珍しい「移動映画」を約40年間、道南で続けている函館市のN・Hさん(81)*の姿を見つけ、子どもたちが駆け寄ってくる。Nさんは「ギターを持った渡り鳥」のロケハン(撮影に適した場所を探す作業)に協力した思い出がある。「函館山やハリスト正教会…。一日かけていろいろ回ったなぁ」。古い映写機を積んだ年季の入ったワゴン車にもたれ、しゃがれた声で切り出した。

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ロケハンで紹介した場所の1つ、函館ハリストス正教会の前に立つNさん。「いどーえいが」と書かれた看板を乗せたワゴン車は今も健在だ

 後志管内余市町出身のNさんは子供のころ、「鞍馬天狗」をスクリーンで見て、映画の面白さに取りつかれた。両親に小遣いをもらい、週に3日は近くの劇場に通った。大人になっても映画熱は冷めず、30代の時に函館市内の映画館の宣伝係として働き、1967年からは八雲や福島など道南の地方の劇場4館を経営した。
 ロケハンを手伝ったのは宣伝係時代。当時の函館日活劇場の支配人の紹介で、東京から来た美術担当のスタッフと一緒に車で回った。

 「宍戸錠と決闘するシーンで使えそうな場所はないか」「ロマンチックな風景を」ー。スタッフの注文に応じて、七飯町の駒ヶ岳や函館市豊川町の七財橋、市内元町の函館ハリスト正教会などを紹介した。
 豊かな海と山、教会や寺院が建ち並ぶ坂道。異国情緒ある函館の街並みに、スタッフが「いい場所で助かる」と喜んだ様子を覚えている。「(スタッフは)年も自分と近く、話しやすい人で楽しかったな」。教えた場所はロケ地として採用され、いつまでも観客の心に残る映画の風景になった。


ハリストス正教会は「渡り鳥」シリーズ第8作「北帰行より 渡り鳥北へ帰る」にも登場

N・Hさん     ロケ地探し 楽しい思い出

「移動映画」は劇場経営を始めたころ、函館近郊の映画館がバタバタと閉館する状況を心配して始めた。発想のヒントは昔好きだった自転車の紙芝居屋。中古の映写機など機材一式を車に積み込み、妻と二人三脚でせたな町や後志管内古平町など、地方の町々に毎日のように出掛けた。
 03年に妻を亡くしてからは会場手配から集客活動、集金を1人でこなす。最近は「ドラえもん」や「ワンピース」など小学校低学年向けのアニメ映画が中心で、少ない時は数人しか集まらない日もある。それでも、「死ぬまで止めないよ」とさらり。
 上映が始まると、子供たちは背筋をピッと伸ばし、スクリーンを食い入るように見詰める。「その真剣な様子が好きなんだ」。幼いころに受けた映画館での感動。それを1人でも多くの人に伝えようときょうも車を走らせている。
(「函館新聞」2008年5月21日より)

《管理人のコメント》
ロケ地探しは大変ですが、採用されて作品を観るのは感慨もひとしおだったでしょうね。函館各地を移動映画館で巡られた氏の功績ですね。渡り鳥シリーズに流れる旅情ムードが見事に現れた佳編ですね。

2008年5月21日 函館新聞 掲載

「函館新聞」新目七恵 様に感謝致します。