辰巳錠次=宍戸 錠
 ドラゴンの健=葉山 良二
 伊村吾郎=藤村 有弘

映 画 物 語

 小松麗子=笹森 礼子
 小松武徳=杉山 俊夫
 青  蛾=白木 マリ
 
原作/三沢正一 脚本/星川清司 監督/野口博志
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
青い竜の男

 クラブ・コクシネールにふみこんだとたん、錠次は横浜とは違った神戸特有のあくどさが店内に漂うのを感じた。
 味方かそれとも敵の巣か。一瞬緊張はしたものの、異常のないのを見とどけると警戒の心をゆるめて、妖艶な中国人の女のダイナミック・ソロに見ほれた。
 白昼、消音拳銃に消された中国人呉方正(ウーフォンチャ)が絶命する寸前、この店の名を口走るのを聞いた錠次は、ドラゴンの健と、一か八かで、この店にのりこんで来たのだ。
 錠次は、むこう気と腕っぷしの強さをのぞいては、何の変哲もない、ただの船員であった。 けれど、父親のように慕っていた船長が謎の死をとげると、これを潮風のいたずらなどと軽く見すごすわけにいかなかった。
 たまたま、彼の前に船長殺害事件の目撃者だと名乗りでた沖仲仕、ドラゴンの鍵が、生前、 船長がよく口にしていた「肩に青い竜の刺青をもった男」だと知ると、船長が万が一にとコック長にいい残していた神戸の連絡先呉方正の許に、健を引っぱって、事件の黒幕をあばこうとしてやって来たのであった。
 ところが、事件の鍵を握っているはずの呉がやられてしまったいま、「七時・・・クラブ・コクシネール・・・」という呉の言葉が唯一の足がかりにすぎなかった。
 神戸のボス宮脇剛造とその配下たちは、二人の姿を薄暗い一隅のテーブルに発見すると、ニヤリと笑って、二人のホステスに合図した。
 楽団のラテン・リズムが止み、ダンス・ミュージックが始まった。時刻は八時であった。錠次と健は、ホステスに誘われるがまま席を立った。
 しかし、踊りながら、女の手が拳銃を彼らの脇腹に押しつけているのに気付くまで、正面のバンドで、マラカスを振っている男が、船長を事件当夜、横浜港の岸壁に連れだした男−殺し屋の団体であることにも、健は気付かなかった。
 クラブ・コクシネールは、やはり錠次らにとって敵の巣であった。この時、危機を救ってくれたのは、二人の刑事であった。呉殺害の容疑者ということで、手錠をかけられ、神戸のとある埠頭まで連れ出された二人は、そこに青い帽子をかぶったシヤレ者らしい一人の男が笑って立っているのを発見した。
 彼は横浜から神戸まで、彼らの後をみえがくれについて来た男で、二人に「伊村」と姓を名乗った。
 この男は刑事か、それとも他のボスの一味か.錠次らの思惑におかまいなく、伊村は、いとも事もなげに錠次と健に向っていった。
「一口のせてもらいたいんですよ・・・」
「何の事だ?」健は何をとぼけているのだろうか。
 錠次は奇怪な会話にめんくらった。笑って、後をつづけた伊村の言葉は、錠次をなおさら驚ろかした。
「君の本名は小松健一郎・・・小松竜世、つまり、元軍人である大陸の虎、虎竜(フーロン) 将軍の忘れ形見だ。あなたの親父さんは偉物で、戦争中軍隊に反逆して暴れまわり、中国の名 門の女と結婚した。その中国女佐が母親さ。」
 健は無表情にこれを聞いていた。
「どうだ。この手を握らんかね?」と伊村は健に手をさし出していった。
「・・・よかろう。」間をおいて、健の手が伊村の手を握った。その握手の意味が何であるかも理解できぬまま、錠次もとぼけた顔でその上に手をかさねた。

刺青(いれずみ)の秘密

 手をかさねた以上、錠次も、これから何が起ろうとも運命をともにしなければならなかった。事件はどう進展するのか、興味も深々だった。
 だから、クラブで踊っていた中国人の女が、埠頭での奇妙な取引をしていた彼らの前に錠次の昔なじみの船員で情報屋のチンチンサブと呼ばれる男と現れて、健をさらっていった時、早速、サブをだきこんで、まんまと健の居場所をつきとめた。
それは長崎に向う予定の小型貨物船であった。
 夜の海をヒタ走る貨物船の荷物の中に身をひそめていた錠次と伊村は、新町と名のる中国人の女が健に語る会話から、彼らの秘密を知った。
 それによれば、呉方正は、青蛾(チンガ)の父揚昭徳(ヤンチャオー)が行方不明の健を探させるべく香港からよこした連絡員であり、殺された船長も揚の友人であった。
 その上、健にはあと二人、十二年前に散り散りになった麗子、武徳という妹弟が香港にいて、それぞれこの三人兄妹の肩には、青、紅、白の竜の射竜日がしてあり、その刺青が三つそろうと、九州のいづこかに隠された一千入十億円にのぼる金塊のありかが分るというのだ。十二年前、父と中国の貴族だった母親が白秀明一味に殺害される前、その秘宝のありかを刺青にたくして埋めたのであった。
 妹麗子は、青蛾とともに香港から日本に渡り、この貨物船の行先である長崎に、健の倒着を待ちこがれているのだが、弟武徳はまだ香港の陸を牛耳る白秀明一味に捕らえられているとのことであった。
 錠次には聞くことがすべて驚愕のたねであったが、伊村はさしておどろいた様子もみせなかった。二人が、荷物の陰からとぼけた顔で現われると、さすがに健もおどろいたが、健のとりなしで、青蛾は警戒の色をといた。
 その時、爆音が急速に追って、突如ヘリコプターから銃撃が加えられた。 不敵に笑った錠次は、青蛾の機銃をうばうと軽業師のようにマストにのぼり、旋回しては掃射の雨をふらせるヘリコプターに銃撃を溶びせた。見事一弾が燃料タンクに命中すると、機は火の玉となって海上に散った。

暗黒街の顔役


 長崎港に着いた貨物船の一室で、兄との十二年ぶりの再会に瞳をうるませながら、健の胸にすがる麗子の姿をみかけた錠次は、彼女のすきとおるような肌の美しさに感動した。
 その時、あわただしく、青蛾と船長の安城等があらわれ、白秀明の許から武徳を救い出して香港を脱出した揚から無電連絡があり、途中の海で追われて、揚はぶじに逃れたが、海へ魚傷したまま飛込んだ武徳の消息がわからないのだという。
 青蛾の話によると、かならず白秀明も長崎に現われるだろうとのことだった。麗子が香港の郵鮎を護る海の女王なら、白秀明は、正直な蛋民を迫害しつつ、
麻薬や武器の密輸で香港を牛耳る帝王であった。
 甘きにあつまる蟻のように秘宝を奪ぅまでは白一味も執拗に挑戦してくる筈なのだ。陸と儀の、帝王と女王との決着をつける日が近いわけであった。伊村は、青蛾の話のなかに、白秀明の名前を聞くと、はじめて一瞬顔を緊張させた。
 この頃では、麗子や青蛾は、陽やけした精悍そうな錠次が、意外に親切であり、らいらくな性格なのに、いつしかうちとけた気持になっていた。
 事実、ロでは分け前をもらうための味方なのだといってはいるが、本心は、父親のように慕っていた船長殺しの犯人が、白秀明一味の宮脇や団らと判明してくるにつけ、正義の鉄腕をふるいたいとただ一途念じているのであった.

武徳を追って


 翌朝、初老の中国人揚昭徳が貨物船のタラップを悠々とあがってきた。埠頭の物かげに冷い消音拳銃の銃口がその背に向けられていた。瞬間くるっとふりむきざま、揚は物かげの人物に怒嚇した。
「バカ! そんな距離で拳銃はあたらん」
 場大人にふさわしい貫録であった。
 揚は、娘青蛾とともに駈けよってきた健を感動の眼で迎えた。揚にしてみれば、健の父竜世に戦時中命をすくわれた恩義から、命を賭けても三人兄妹をまもっているわけなのだ。いま、武徳をみすみす見失った不甲斐なさに心で泣いているのであった。
 その頃錠次は、行動の不審なサブをとらえて、泥を吐かせると、武徳が平戸島のかくれキリシタンの家に身をひそめていることを知った。
 古めかしい石垣の路がつづく平戸島は無気味に静まりかえっていた。所定の民家に揚や錠らが着いた時は武徳の姿はなく、自秀明一味に追われて雲仙に逃がれた後であった。しかし雲仙にも武徳の姿はなかった。
 クラブ蘭では、武徳を捕えた白秀明が一千八十億の金塊と麗子の美貌がすでに
手中にあるかのように悪魔的な笑いをうかべていた。長崎にある揚のアジトを襲って一気に勝魚を決める計画を立てていた。
 その頃、クラブ蘭からほど近い崇福寺三門辺りで、中売りの女が、リラの花模様のついた一枚のカードを揚に手渡した。
 武徳を救うある手筈をととのえ、人影もまばらなアジトの教会に錠次らに迎えられて戻った揚は、宮脇と周らの一味が物かげから礼拝堂前の広場に現れるのをみた。
 揚は、その時宮脇を指さして形相を変えて叫んだ。
「あの男です、顔だけはおぼえている・・・あなたのお父さまを殺した奴です」
 麗子は仇の姿をまのあたりにみて、はげしい怒りの念にかられた。殺気が広場にみなぎった。宮脇らは右から左から、ジリジリと輪をちぢめてきた。
 絶対絶命の危機であった。両者の中間にある揚の青い車まで行けたらなんとかなる、と考えた錠次が単身飛び出そうとした瞬間、とつぜん、教会の鐘がはげしく鳴り出した。
 距離をせばめていた宮脇たちも、ぎょっとしたように意表をつかれて足をとめた。鳴りつづける鐘の音に、何事かと近所の人々や教会の人たちがあつまってきた。鐘を鳴らしつづけるのは健であった。健の機転がこの危機を救ったわけであった。
 鐘楼からロープ伝いに降りてきた健を錠次が車に押しこむと、揚の運転する車は何事もなかったかのように、おどろいて飛びでてきた神父に一礼してそのまますべり出した。ニッと笑って、錠次は礼拝堂の聖母さまに十字をきった。

敵の中へ

長崎市からほど近い、とある荘麗な山荘についた揚大人らは、武徳救出の手段を検討していた。
 リラの花模様の割符に緊張の眼がそそがれていたが、名案が浮かばぬといった表情で、青蛾がいった。
「新地は自秀明の縄張りです。一人残らず敵だと思わなければなりません」
 武徳の救出は困難であった。乗り込むことは、彼らの待ちうけた罠にかかるようなものであった。また一面、それを見過ごすことは武徳の傷がそれだけ悪化することでもあった。
 健は弟のために自分が行くことを主張したが、錠次はそれを許さなかった。錠次は分け前などは問題ではなかったが、「行かずとも分け前はやる・・・」といって、出て行こうとする健を、錠次は殴り倒すと言った。
 「馬鹿野郎、いま分け前の話をする時かよ、俺は武徳をみつけだして、白の鼻を明かしてえんだ。」
 事実、錠次は卑劣な白一味に憤りを感じていたのだ。その時、青帽子の伊村が錠次に微笑みかけ、麗子の顔に錠次に対する依頼感と海の女王らしい決意がみなぎるのを、錠次は気付かなかった。
 長崎市街の宵の口を、奇抜な変装姿の錠次が緊張した表情で歩いていた。
 艶っぽい中国風のフロア・ショウが終ったクラブ・蘭の客席についた錠次は、隣の椅子にいつの間にか麗子がいるのを発見しておどろいた。
「何をいっても、もう遅いわ」思わず声をあげそうになる錠次の口を押えて、麗子はいった。
「君はやっぱり海の女王だ!そして俺は家来さ・・・」
 死ぬ時は一緒だと麗子にいわれた錠次はヤケ気味にこういうのであった。
 やがてリラの花を胸につけた中売り女が二人に近づいてきた。錠次はタバコを買って、紙幣の間に割符をはさんで女に渡した。
 無表情に女は去ったが、しばらくたってふたたび戻ってくると、すれ違いざま目立たぬ合図を二人に送って通りすぎていった。
 照明がくらくなり、ショウが始まると、二人は女を追った。
女は通路を地下室へと進んでいった。重苦しい時間であった。
 突如、女が地下室の中へ消えると銃声が聞こえた。とびこんだ錠次と麗子は茫然となって立ちすくんだ。酒の木箱がつまった地下室には、女の死体だけで、武徳の姿はなかったのだ。
「変だと思わない?」
「そうよな・・・死体があって、殺した奴は消えている」
麗子の疑問に答えた錠次は、木箱の山の間を探すと、武徳のものらしい血痕を床に発見した。点々と奥へつづく血痕をたどって行くと血痕は一つの木箱の所で消えていた。

死の脱出


白一味が彼らを地下室に発見したのは、二人が木箱の下に抜け道のマンホールを発見した時と同時であった。
 二人が抜け道を抜けきると、そこは、ずらりと倉庫がならんだ袋小路のような倉庫地帯であった。
 当然、ここも白一味監視下にあった。敵中横断しか逃げ道はない。二人が路地の倉庫の壁にへばりついて進むうち、意外なことに細い路地の交叉ごとに、白一味の配下が、何者かに刺殺されて倒れていた。
 難関はまだあった。倉庫地帯を抜けるには、一味がたむろしている入り口を通らねばならなかった。突然、焦燥にかられていた二人のすぐ前を中国人の葬列が横切って行った。
 その時、死者の家族らしい中国人が二人にかぶり物と衣装を手渡すのであった。
「謝々」
 錠次と麗子はかぶり物と衣装をつけると、葬列にまぎれこんだ。
 ぶじ、敵地を通り抜けた時、二人は地上に点々とリラの花が落ちているのを発見した。二人を支那寺までさそっていた。
 静まりかえった支那の墓地に入った麗子と錠次は、石の寝棺の蓋がはねのけられて、すっくと包帯姿の武徳が姿を現すのをみた。
 麗子は武徳にかけよって行った。
 背後の気配に、錠次が振り向くと、そこには意外にも墓石の陰から顔を出して笑っている伊村の姿があった。
「どうだ、僕だって役に立つといったろう」
 シャレ者の伊村は服のチリをはらいながらおどろく錠次にいった。さすがの錠次も「葬式とはいい思い付きだ」と感心しながらいや味たっぷりに伊村にいった。
「葬式の費用は案外高くついたろうね、実費として払ってやるよ、分け前の他にね」

虎竜の秘密

山荘は静まりかえっていた。今ここにそろった青、紅、白の刺青は、秘宝をよんですすり泣くような不気味な雰囲気を漂わせていた。
 麗子もはじらいながら真白い肩をあらわにしていた。
「よめた、塁って字だ」
 育と白の竜の刺青の中に刻れた「田」の文字と、紅の竜に刻まれた「土」の文字を合わせると、「塁」であった。
 しかし、塁が何を意味するのか、健は解読できなかった。すると、揚大人が、中国では塁に城という意味があることを発見した。
「そうだ、天草の城だ、砦のことだ」
 天草は虎竜将軍の生れ故郷であり、天革には天革の乱の砦の跡があった。
 海に囲まれた風光明眉な天革の島々。その天草・崎津の山上の砂地には、それと対照的に荒れ果てた砦の廃墟があって、春風に吹かれて砂嵐がまき起っていた。
 揚、健、武徳、錠次、伊村の五人は、崩れた城門の一個所に、竜の青い彫物を発見し、そこに
」と書かれた文字を読んだ。
 やがて別の城門に白い竜の彫物をみつけ、そこにも「」の字が読めた。あとは紅い竜を発見すれば秘宝のありかが分るのだ。しかし、時間は無為に流れた。その時、錠次がマリヤ観音の石像を指して「あれだ」と叫んだ。
「観音さまも女だ」という彼の論理であったが、観音さまをたおすと、その下の台に色あざやかな紅い竜の彫物があった。
 その竜には歴然と「日」の字が刻まれていた。そして竜の眼がにらんでいる方向に、洞穴が鈍く底光りのする金魂の秘宝を前に、彼らの眼は輝いていた。その背後に、カン高い白秀明の笑い声が聞えるまで、誰一人声を出すものはいなかった。
 白秀明一塊が、錠次らの果敢な応戦で惨敗した後、伊村は、自分が日本調査庁のアジア事情調査員であることを名のった。
 宝石のようにきらめく長崎港の灯りを見下す山荘のテラスに、十二年ぶりに堅く結ばれた三人兄妹の幸福な姿があった。
 錠次も船長の仇を討って満足だった。
 その時、いままで沈黙を守っていた麗子が、
「誰も欲しくないのなら」といった。
「あの金は香港の難民救済のために私がいただくわ‥‥。でも、それを使うのは、錠次さん、あなたよ」
 慌てる錠次に、おいかぶせるょうに魔子は後を続けていった。
「それでも、私から逃げられるものなら・・・どうぞ」こういって麗子は錠次に艶然と微笑むのであった。
「俺はこういうのに弱いんだ・・・」
 錠次は困惑の表情を浮べたが、やがて彼は肩をすくませると、ニヤリと笑った。
                               (おわり)

 
     
 
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