〜渡り鳥の与えた影響〜
 
 「渡り鳥シリーズ」「流れ者シリーズ」」に影響を受けた人々や社会現象


[影響・その1]
 公開当日には、渡り鳥スタイルの若者が現れた

『ギターを持った渡り鳥』の公開初日、日曜日の朝。
プロデューサーの児井英生氏は、浅草、上野、神田の各劇場の様子を見てまわった。
どの劇場も長い行列ができていた(当時は映画館の窓口でチケットを買うしかなかった)。
中には、黒の皮ジャンに黒の皮手袋姿でギターを持った若者たちもいる。
映画宣伝とレコードによる事前活動が効を奏した。
 (
参考文献:文芸春秋「伝・日本映画の黄金時代」 児井英生著


[影響・その2]
 小林旭のかっこよさに憧れた三上寛は、映画のモチーフに。

フォークシンガーでもあり、個性的な役をこなす三上寛氏の著書に
『愛と希望に向かって撃て<反逆の唄>』がある。その中で小林旭の映画と歌についての
影響がつづられている。
----京都大学で出している「風っ子通信」というミニコミの新聞で唄について話されて
いて、その中で一人が「小林旭のように俺達の日常全部を包んでしまったような歌手は
もういないのか」というようなことがのっている。俺もまた、小林旭にある一時期の日常
を犯されてしまった一人であり、その意見には注目した。日常生活を犯されたといういい
方でなくても、とにかく一にも二にも寝てもさめてもアキラアキラなのであった。----

(参考文献:教養文庫 「愛と希望に向かって撃て <反逆の唄>」三上 寛著)

こうした三上氏は後に『新仁義なき戦い 組長の首』(東映京都・1975)に出演し、役
名も「コバヤシ アキラ」(通称で呼ばれている)。組の犠牲にされて無惨な死に方をす
るチンピラ役を演じている。映画の中では常にギターを持ち、アキラの歌を歌うシーンも
ある。

もうひとつ『行く行くマイトガイ 性春の悶々』[監督:井筒和生(現・和幸)
制作新映倶楽部 1975/一般公開1977]に主演。主人公ケンジとある男の2役を演
じる。内容不明。
(*市村さんからの情報により追加。「日本映画データベース」を参考にしました)
・・・・と記したら、市村さんより親切な情報が到着しました。

今をときめく映画監督、井筒和幸氏(「犬死にせしもの」「岸和田少年愚連隊」「のど自
慢」他)が若かかりし頃の自主制作映画。それも立派な35ミリサイズのオールカラー。
タイトルから察せられるとおりにピンク映画。1961年の奈良県の片田舎を舞台にくりひ
ろげられるタイトル通りの「性春悶
々」もよう。時代設定から、当時大人気のアキラをき
どってはみるものの見事に砕け散る哀れさ。日活ロマンポルノの女優、絵沢萌子と茜ゆう
子が文字通りに花(?)を添えた。

(*市村さんからの再度の情報に基づいて内容を編集させていただきました)8/18・2001

[影響・その3]
 当時の貸本業界の作家にも大きな影響を与え、子供たちも挙って読んだ。

昭和30年代は空前の貸本ブームだった。今ほどにマンガ雑誌がなかった時代で、街角の小
さな貸本屋では子供達があふれていた。現在のビデオレンタルのようなシステムで(システ
マチックではなく帳面に鉛筆に記録したため、かなりのどんぶり勘定)1冊1泊2日、5円〜
10円程度。
さいとうたかおの「台風五郎シリーズ」刑事・サスペンス物の「影」「街」「刑事」など。
その中で見事に渡り鳥を踏襲した作品があった。旭丘晃志氏が描く「????シリーズ」
(思い出せない)。ギターの板に「風」という文字があった。シリーズで十数冊発行され

たものと思います。タイトルも「渡り鳥」らしくて良かった。ご存知の方は教えてください。

(参考文献:廣済堂 「ぼくらのヒーロー図鑑'60〜'70」アダルト・キッズ著)


[影響・その4] 意外にも、こんな作家まで・・・パスティーシュの名手・清水義範氏

パスティーシュ手法の文体で第一人者の清水義範氏が渡り鳥の影響を受けていたという内容が
書かれています(光文社文庫「パソコン・マスターへの道」清水義範・清水幸範著)。
内容は兄弟で、パソコンが苦手な兄に対して弟がプログラミングなどの課題を与え、兄がそれ
に応えて行く内容なのですが、その中で--宍戸錠や小林旭の拳銃の扱い方をまねしていたもの--
という件が出てきます。この頃、モデルガンブームでそれを手にした兄弟が遊んでいた様子が
目に浮かびそうです。

●清水義範
1947年 愛知県生まれ

'81年『昭和御前試合』で文壇デビュー
'88年 『国語入試問題必勝法』で吉川英治文学新人賞受賞
『永遠のジャック&ベティ』 『蕎麦ときしめん』『江勢物語』『日本語の乱れ』他著書多数

 

 つづく