「小林旭 デラックスアルバム」1973年11月に発売したLPレコードをCD化したものが1994年11月5日に復刻発売された。まずは、この中に納められた一曲「旅人の唄」にスポットをあてたい。この原曲は大正12年(1923)に発表された野口雨情の民謡集「極楽とんぼ」の一節として登場する。
 昭和3年(1928)に野口雨情、作曲家の中山晋平らが行っていた「新民謡運動」で佐藤千夜子が「旅人の唄」を歌う。ちなみに、佐藤千夜子は日本初のレコード歌手と言われる。
 小林旭さんが歌う「旅人の唄」は1971年10月27日に録音され12月に発売された「知床旅情 北帰行 小林旭・抒情歌集」に納められた1曲。この歌を初めて聴いた時、何かしら胸のあたりが熱くなり胸騒ぎがして、その場にいたたまない気持ちになり涙すら浮かべていた。
 若い頃の情熱のほとばしりなのか、何度となくくり返し聴いていたら下の階から親父が上がってきて、いきなり扉のふすまを開け「ええ歌やな・・・野口雨情か・・・」「いや、コバヤシアキラや」・・・当時は、作詞者の名前とは知らずに口答えするように返したのを憶えている。そんな親父も亡くなってから27年が経つ。お袋もそのずっと前に亡くなった。このあたりの曲を聴くと、ふと親父を懐かしく思う。そういえば「サーカスの唄」(1933・松平晃)もリバイバル曲で親父といっしょに聴いたことがあった。正生まれの親父には、こうした一連の曲を息子が聴いているということに何かを感じたのかも知れない。親父も人生に男の孤独を抱えていたりしたのだろうか。


♪山は高いし 野はただ広し 一人とぼとぼ 旅路の長さ

〈A面〉
1.波浮の港
 野口雨情作詩/中山晋平作曲/春見俊介編曲
2.旅人の唄
 野口雨情作詩/中山晋平作曲/春見俊介編曲
3.琵琶湖周航の歌
 小口太郎作詩/小口太郎作曲/春見俊介編曲
4.砂山
 北原白秋作詩/山田耕筰作曲/春見俊介編曲
5.北帰行
 宇田博作詩/宇田博作曲/重松岩雄編曲
6.島原地方の子守唄
 妻城良夫・宮崎一章作詩/宮崎一章作曲/春見俊介編曲

〈B面〉
1.知床旅情
 森繁久彌作詩/森繁久彌作曲/春見俊介編曲
2.惜別の唄
 島崎藤村作詩/藤江英輔作曲/春見俊介編曲
3.北上夜曲
 菊池規作詩/安藤睦夫作曲/春見俊介編曲
4.雪の満洲里
 島田芳交作詩/陸奥明作曲/安藤実親編曲
5.馬賊の唄
 宮島都芳作詩/鳥取春陽作曲/安藤実親編曲
6.ひとり寝の子守唄 
 加藤登紀子作詩/加藤登紀子作曲/春見俊介編曲

1971年10月27日録音


1.遠くへ行きたい
 永 六輔作詩/中村八大作曲/小杉仁三編曲
2.さすらい
 西沢 爽作詩/植内要採譜,狛林正一補作曲/小杉仁三編曲
3.旅人の唄
 野口雨情作詩/中山晋平作曲/春見俊介編曲
4.琵琶湖周航の唄
 小口太郎作詩・作曲/春見俊介編曲
5.砂山
 北原白秋作詩/山田耕筰作曲/小杉仁三編曲
6.城ヶ島の雨
 北原白秋作詩/梁田 貞作曲/春見俊介編曲
7.ダンチョネ節
 作者不詳,神奈川県民謡/春見俊介編曲
8.黒い傷痕のブルース
 水島 哲作詩/J・シャハテル作曲/小杉仁三編曲
9.北帰行
 宇田博作詩・作曲/春見俊介編曲
10.知床旅情
 森繁久彌作詩・作曲/春見俊介編曲
11.北上夜曲
 菊池 規作詩/安藤睦夫作曲/春見俊介編曲
12.惜別の唄
 島崎藤村作詩/藤江英輔作曲/春見俊介編曲
13.雪の降る町を
 内村直也作詩/中田喜直作曲/小杉仁三編曲
14.さすらいの祈り
 丹古晴巳作詩/叶 弦大作曲/重松岩雄編曲


■旅人の唄

  • 山は高いし 野はただ広し
  • 一人とぼとぼ 旅路の長さ
  • かはく暇なく 涙は落ちて
  • 恋しきものは 故郷の空よ
  • 今日も夕日の 落ちゆくさきは
  • どこの国やら 果さへ知れず
  • 水の流れよ 浮寝の鳥よ
  • 遠い故郷の 恋しき空よ
  • 明日も夕日の 落ちゆくさきは
  • どこの国かよ 果さへ知れず

 「旅人の唄」は雨情の民謡集「極楽とんぼ」の冒頭に登場する。わかり易い言葉の表現による流行歌が「新民謡運動」の一面でもあった。「山は高いし 野はただ広し」これだけで大陸的荒野を連想させる。時代背景からは台湾や満洲のイメージがそれかも? 「一人とぼとぼ 旅路の長さ」まさに大陸の荒野を歩く姿を彷彿とさせる。
「かはく暇なく 涙は落ちて 恋しきものは 故郷の空よ」ただ、ひたすら故郷へのと思いを馳せる。
「今日も夕日の 落ちゆくさきは どこの国やら 果てさへ知れず」夕陽をみるたびに、遠い世界を思う。私も子供の頃に山の向こうへと沈み行く夕陽に見とれて遠くの国へと夢を見た。
「水の流れよ 浮寝鳥よ 遠い故郷の 恋しき空よ」水の流れを見ても、水面に眠る鳥をみても思うのは故郷のことばかり。「明日も夕日の 落ちゆくさきは どこの国かよ 果さへ知れず」明日の行方はどこへやら、いつ終わる旅ぞ、果てしなき人生の旅と捉えることもできる素晴らしき唄。単調なメロディに心が揺れ、その奥底に漂う抒情。この先も私は繰り返し口ずさむであろう「旅人の唄」。今の言葉でいうと素晴らしい「グルーブ感」のある唄。

■城ヶ島の雨

  • 雨はふるふる 城ヶ島の磯に
  • 利休鼠の雨がふる
  • 雨は真珠か 夜明けの霧か
  • それとも私のしのび泣き
  • 舟はゆくゆく通り矢のはなを
  • 濡れて帆あげたぬしの船
  • えぇ 舟は櫓でやる 櫓は唄でやる
  • 唄は船頭さんの心意気
  • 雨はふるふる 日は薄曇る
  • 舟はゆくゆく 帆がかすむ



「城ヶ島の雨」は北原白秋作詩、梁田 貞(やなだ ただし)作曲、大正2年(1913)に島村抱月が主宰する芸術座音楽会のための舟唄として作詩・作曲された。白秋の詩に初めて曲が付いたことでも注目される。北原白秋は若くして詩人として世の中に認められたが、隣家の人妻への同情(今でいうところの夫からのドメスティック・ヴァイオレンスにあっていた)から恋愛事件となり姦通罪で告訴され未決監として拘置される。そのショックで死を決意して木更津へ行くが死にきれず三浦三崎へと移る。また、福岡県の豪商だった実家も近所からの失火によるもらい火となる。それらが原因で倒産した家族が頼ってくる。そんな状況の中で三浦半島の城ヶ島を見ながら生まれた詩なので、どうしても暗さが漂います。
 「利休鼠の雨がふる」はどんな雨の色でしょう。これは茶道の千利休の「利休」と鼠色の「鼠」から「緑色をおびた灰色」といわれ陰鬱な色あいのようです。
 「雨は真珠か・・・それとも私のしのび泣き」泣きたい気持ちはよくわかります。次に転調して、やや明るい雰囲気になって「舟はゆくゆく通り矢のはなを」の「通り矢」とは、源頼朝が通し矢をしたところからの地名のようです。城ヶ島の対岸にある場所です。その「はなを(すぐそば)」舟が通り過ぎるさまを表現しています。
 この曲は、他の歌手で聴くと暗鬱な気分になるのですが、旭さんの歌声を聴くとどこか遠くへと心を誘ってくれる気分になります。

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