『俺が最後の〈プロデューサー〉だ!活動屋 児井英生』永井健児著の中に以下のような記述がある。
児井が起死回生を期して賭けた『ギターを持った渡り鳥』の初日は十月十一日の日曜日。常務の江守も関心を示していたので、児井は常務の車に便乗して、午前中、浅草日活へ行った。打ち込み前の客の行列を見るなどの"小屋回り"だ。山崎所長や石神宣伝部長、斎藤監督や脚本の山崎、児井の助手二人も来ていた。
 主題歌がスピーカーから流れている劇場の前は長い行列で、若者の中にはポスターや新聞広告のアキラの姿をまねて、黒の革ジャンに黒の革手袋姿の者までいた。劇場内も若者でいっぱいだった。初回上映が終わって出て行く彼らは、肩をいからせてアキラになりきっているようだった。


また、児井氏自身の著書『伝・日本映画の黄金時代』にも同じ情景が描写されている。
「ギターを持った渡り鳥」初日の日曜日の朝、私は江守さんと打ち込み(初日第一回目の興行のこと)前にクルマで浅草、上野、神田、新宿と各劇場を回って歩いた。前売り券全盛のいまから見れば嘘みたいだが、チケットを売り出す前に劇場に並ぶ客の列の長さを見るのである。もちろん映画の興行成績をはかるためだ。
 行列はどこまでも長い。中に、黒の皮ジャンに黒の皮手袋でギターを持った若者たちもいる。私は江守さんや劇場支配人と顔を見合わせて笑った。髪型までポマードで固めたリーゼント・スタイルで、映画の中の小林旭そっくりのスタイルなのだ。力を入れた映画宣伝とレコードの両面作戦が、こんな形で効果を表すとは思ってもみなかった。若者の風俗になるようなら、もうこったちのものだ。
「入れ替えのとき、帰らないで続けて見る客が多くて困ります」
 支配人にそう嬉しい悲鳴を上げさせるほど、映画館の中は若い熱気でいっぱいだった。


再び『俺が最後の〈プロデューサー〉だ!・・・』から60年安保の情景を引用する。
二作目『渡り鳥いつまた帰る』(※企画段階では二作目、現在は三作目となる=管理人注)の上映で劇場がごった返し、盛況のうちに終了した頃、街には「安保反対」の声が高まり、国会議事堂の中がごった返す騒ぎになっていた。
この後、五月二十日に新安保条約が強行採決された。

 雑誌「太陽・昭和時代」(1975.6)の「年表昭和庶民史」の中で昭和35年の項目に『日本映画にヌーベルバーグ登場 小林旭の「渡り鳥シリーズ」人気高し』とある。また、「太陽・絵本」(1979.2)の「歌謡曲/語り・黒田征太郞」では右のような内容が掲載されている。
 歌謡曲つながりで「アキラ節」のエピソードを他の本からの紹介。「小説新潮」(2003.1月号)には歌手としてのエピソードがぎっしり詰まっている。そうした中のひとつ、「恋の山手線」や「自動車ショー歌」などのコミックソングをスターがよく歌えたなと思ったという質問に対して・・・。




あの当時というのは映画の中でたまったストレスみたいなものを発散するのが歌の世界だったんだ。歌を歌うことでストレス解消みたいなね。だから、「ヨシッ、この野郎!あの野郎!」なんて勢いで、映画でたまっていたストレスの全てを歌にぶつけてたんだ。だから、その当時歌っている声を今あらためて聞いてみると本当に無茶苦茶だよ。歌じゃないよ、あれは。でも、歌という虚飾の世界であるにもかかわらず、虚飾を使わずに生のリアルな状態の気分でもってポンポン、そのものズバリをぶつけていたことが結果としてアキラ節の成功につながっていったんじゃないかな。

■特集本が何冊も出版され、街のあらゆるところでアキラ節が流れた。

別冊近代映画 昭和35年11月上旬号


<主要な内容>
ゴールデン・コンビ対談 青春を愉しく!
小林 旭 浅丘ルリ子


大草原の抒情詩を! 斎藤武市


随筆 これからも元気に飛び続けます!
小林 旭


対談 アキラを日本のクーパーに!
原作者/原健三郎 企画者/児井英生


張り切って大暴れの秋 小林 旭


記者座談会 輝ける明日をめざして!


秋はよし、さいはての山脈よ! 浅丘ルリ子


ロケ・セット特報☆ただいま本番

別冊近代映画 昭和35年12月下旬号


<主要な内容>
僕らは名コンビ!
小林 旭 宍戸 錠


明日の"勝負"に期待する 大黒東洋士


匿名座談会 明日のチャンピオンは君だ!


坊っちゃん気分で大暴れ! 小林 旭


ピンク・ムード溢れるお部屋 浅丘ルリ子


いつまでもこのシリーズを! 山崎徳次郎


マンガ アキラの十大ニュース 由原木七郎


ルポ 花束に埋まったアキラ 小林 匡

明星 昭和36年新年増刊 (1960年12月発売)


<主要な内容>
特集1 裕ちゃんの結婚グラフ


特集2 情熱の国の恋人たち


特集3 アキラの東南アジア・ロケ


現地録音 メナムの流れよ、こんにちわ!


アキラの渡り鳥地図


対談 正月はスキーに行こうよ! 
   石原裕次郎 小林 旭


殺し屋ジョーという男


マンガルポ 日活撮影所


ダイヤモンドラインの落がきあて大懸賞

別冊近代映画 昭和36年6月上旬号 アキラとともに144時間


<主要な内容>
船上放談会 だからロケは愉しいんだ!
小林 旭 斎藤武市 藤村有弘


渡り鳥、万才! 南部僑一郞


青春の豊かな想い出 浅丘ルリ子


アキラ・四つの話題
☆たべ物 ☆次回作 ☆ガン ☆おしゃれ


匿名記者座談会 頑張れ!アキラ!


日活アクションは世界一! 高瀬将敏


ダイヤモンドラインの落がきあて大懸賞

別冊近代映画 昭和36年6月号 臨時増刊 日活西部劇読本
特集・アキラとジョーとガン


<主要な内容>
日活西部劇の魅力 双葉十三郎


無国籍の国籍 南部僑一郞


マイトガイ旭の魅力 佐藤忠男


ガンマンの掟 宍戸 錠 


対談・小林 旭/宍戸 錠
ガンなら俺たちにまかせろ


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「日活西部劇読本」なる雑誌が発刊されるほどに日活無国籍アクションはブームに湧いていた。懸賞におもちゃのリアルなピストルが当たるなど、世の中「ガン・ブーム」が全盛だった。

別冊近代映画 昭和37年1月下旬号
渡り鳥北へ帰る


<主要な内容>
現地座談会 北海道は夢の国
小林 旭 斎藤武市監督 浅丘ルリ子


渡り鳥は若人の夢 品田雄吉


ケガもまた愉しからずや 小林 旭


撮影特報 ただいま本番 北海道ロケ詳報


哀愁の旅人 それが滝伸次だ


アキラと歌 歌でも狙う超A級


逞しく伸びるアキラ 匿名記者座談会


アキラの 過去 現在 未来 北荻三郎


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  • 渡り鳥は哀愁を残して飛び去り、流れ者は新たな事件を求めて立ち去って行った。
  • 一連のシリーズは当時から各映画会社や日活社内にも影響を与え、さまざまな亜流種作品が作られた。社内では『拳銃無頼帖シリーズ』がそれであり、他社では『ファンキーハットの快男児シリーズ』『網走番外地シリーズ』がそれにあたる。
  •  よく言われる「無国籍映画」とは「渡り鳥」を嚆矢とすると産みの親のプロデューサー児井英生氏が認めている。
  • しかし、それらの魂は「ギャンブラーシリーズ」で蘇り「あいつシリーズ」で再びギターを手にした。そして、「女の警察・ネオン警察」で夜のさすらい人となり消えて行った。しかし、私の心の中では未だに朝靄の中を夕陽の水辺を霧の谷間を馬を駆って走り抜けて行く渡り鳥の姿が浮かぶ。