俺とお前「夜の旅人」
2002/12/14 (管理人のリクエストに応えて頂きました)
男なら誰だって、自分の人生のエンディングを夢想しない者はいないだろう。
その時のエンディングテーマにこの曲を使いたいと、この曲を聞くたびに思う。
逆に、この曲がおしまいに流れて、決まるストーリーにはどんなものがいいだろうと、
考えたりもする。この曲がエンディングで似合うような、人生を思う。
「さすらい」では思い出をつれ、泣かせに来た「夜」が、今はその涙を隠しにやって来る。
そんな人生を送らせてもらった何者かに憎しみをも含めて感謝せざるを得ないような歌、
誰にも看取られなくていい、暗転と同時にこの歌がタイトルバックで始まれば、
畳の上で死ねなくたっていいと感じさせる歌、センチメンタリズムと笑わば笑え。
このうねるようなサウンドを浴びるように、ヘッドフォンで聞け。たった一人で。
文句ないイントロ、旭の歌う顔、唇の動きまではっきりと「見える声」が目の前に現れたら
心が、そして体が震え出すのを止めることが出来ないだろう。
まるでモーツァルトのコンチェルトのように、その声は
ある時はオーケストラを引っ張り、いたわり、ある時は絡み、殴り込み、歩調を合わせ、
悲鳴にも似たブラスサウンドが嵐の如く降り注ぐ中をゆっくり消滅に向かって移動する。
襟を立てた着古しのトレンチコートのようなギターのチョーキング。
心臓の鼓動に呼応するチョッパーベース、孤独、後悔、未練、思い出、情熱そして夢。
その一つ一つのひだに優しいピアノが香りを添える。
作詞・作曲もそうだが、編曲もこういう伴奏を聞くと大したものだと思わざるを得ない。
バックでもない、手前でもない、まさに旭と「伴に奏でる」さすらい人のレクイエム。
ところが見回しても、自分で自分をいたわりながら生きてきた夜の旅人に、同伴者はいない。
「俺」と一緒に歩く「おまえ」は、実は俺自身なのだから。
しかし旭はこんな旅人が決して自分一人じゃない事を誰よりもよく知っている。
そして「命を粗末にするな」と言っている。
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