あこがれの存在

「誰か来てくれぇー」
必死の形相で初老の男が苦しそうに肩で息をしながら言った。
「坊ちゃんが・・・木の上で・・・下りられねえだ」
花の手入れや蜜蜂の養殖の仕事をしていた連中が、ざわざわと集まってくる。
「由紀さん、行ってみよう」
伸次は由紀を促して男が指さす背の高い大木に向かった。
             
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6階建てビルほどの高さの木の枝で子供が泣いている。
「あっ、信男ちゃん・・・」それを見て由紀が言った。
「どうして・・・?」
「お嬢さん、お坊ちゃんは猫を助けようとした上られただ。
 だども、上る時ゃ夢中だったが下りられんようなっただ」
やさしくて好奇心が強い信男らしいと由紀は思ったが、
助けないわけには行かない。思わず伸次の目を見つめた。
「誰か、ロープをくれないか」
伸次は誰に言うとなく集まっている人たちに声をかけた。
ちょうど、柵の補修用にとロープを持つ者が一人。
ロープを受け取った伸次は、先端に大きな結び目を作り、
それをビュンビュン回したかと思うと、太い頃合いの良い枝の股にからめて、ぐいっと引いた。
枝のしなりと共に伸次の身体は宙に浮いて、一瞬の内に太い枝の上に立っていた。
スルスルと器用に上って行くと、泣きじゃくる信男にたどり着いた。
              
                   ★

白石邸の居間で、父の西元、そして伸次と由紀が信男を囲んでいた。
「おにいちゃんはスーパーマンみたいだね」信男はテレながら伸次に言った。
「坊やのやさしさには負けるね・・・」
「よかったわね信男ちゃん、こんなお兄さんがいてくれて・・・」
由紀は自分が助けられたような気分で言った。
「滝さん、これからのあてはあるんですか? もし、滝さんさえよければ、しばらくここに居ていただけませんか」西元は妹の元恋人であり、今また息子を助けてもらった恩人への礼儀として言った。
「いや、こんな流れ者にあてなんてないですよ。しかし、私はここにご厄介になる身分でもありません。それにちょっと用を思いついたものですから」
「そうですか、では残念ですが・・・」言いかけた西元の言葉を遮るように
「やだいっ、ボクはおにいちゃんといっしょがいいんだ」
「信男ちゃんっ・・・」由紀は信男をたしなめたが、その勢いは弱かった。
いや内心、信男の言葉に同調したい気持ちだった。
「じゃっ、わたしはこれで・・・」
「やだっ、おにいちゃん! じゃあ、今度、お母さんを迎えに行くときにはいっしょだよ・・・」
信男の言葉を聞いて伸次は笑顔で頷いた。
「ああいいよ、それまでいい子にしてるんだぞ。坊や」
夕景迫る農園を後にする伸次の後ろ姿をいつまでも見送る由紀と信男だった。


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