渡り鳥のころですか? とにかく、やってるころは楽しかったですね“明日への文化産業”に参画できるのではないかという意識があって映画スターになったんですね。いまだにそう思ってるけど。見る側がそう受けとってくれないことがあるけど‥…。渡り鳥のころは演技は稚拙ですよ、考えてることも。いま見ると子供だましみたいだけど、売れる要素ははっきりわかりますね。いまのボクは売れる要素は何もないもの。そういう意味で新鮮ですね。あのころの宍戸錠にいまの俺はかなわないや、と。
 ロケーションに十日問くらい行くと、15人くらいの女と寝るわけ。そうするとその女は俺の映画を見てくれるだろうと。(笑)バラ色だったね。


 

渡り鳥でいろんな所にロケに行ったけど、凄かったね。いまのフオー・リーブス(*現在で言えばSMAP?-管理人)どころの騒ぎじゃなかったね。鹿児島の港に行った「大暴れ風来坊」だったかな。鹿児島の港で格斗シーンがあって、鹿児島中の人間が集まったんじゃないかというくらい。船の中でやりましょう、沖へ出ましょうということなったですね。それでも音が聞こえている。姫田真佐久キャメラマンがバァーッと撮ったんですが、宿に帰ってきてみんなに謝るわけ。「フィルムが入ってなかった」と。「あんまり人が多かったので・‥…」と。あれは語り草ですね。とにかく凄い人が集まりましたね。
 中原弓彦さん(*小林信彦氏の別名−管理人)の文句じゃないけど、何故かその日はお祭りで、浅丘ルリ子の目に大粒の涙が光って、何故か滝伸次は去って行く−−−これがないとダメである、と。(笑)県の観光課の協力でロケ費が全部出るということなんですけどね。映画俳優さまさまですよ。このへんの映画。楽しさは水谷豊も原田美枝子も知らないでしょうからね
(*二人は受賞会場で同席−管理人)

(*このロケ話は「海を渡る波止場の風」ですね-管理人)

 

 


 映画が好きなんですね。それがボクのささえだったのかな。ガン・プレイ? とにかく、1年にピストルの映画が13本くらいで、あいくちのが5本くらいで、死ぬのが7回くらいで警察につかまるのがあとすべてという感じでやってて、いつもピストルは持ってたものね。
  「用心棒稼業」のタイトルバックのところね、ピアノに乗ってね、舛田利雄が6通りやってくれっていうの。「星のない男」でカ−タ・タグラスがやったくらいで、あとはディーン・マーチンがやってたね。ガンさばきはそのくらいしかない。早射ちはあったけどね。だから、教えてくれる人があればやってもいいと。それがいなくて。いまだったらトビー門□(*拳銃殺陣師とも呼ばれた人-管理人)とかいるけど。田宮二郎に教えた人(*国本圭一氏
-管理人)とか。ポクの場合は自分のオリジナルで。半日で撮ったけどね。一番恐かったのは、拳銃を上へ放りあげて、上を見ずに落ちてくるのを受け取るやつね。上に人がいて、拳銃を落とすのだけどね、「いくよ」といって。それでも恐かったね。

 

 

 

日活はよかったね。東映なんかに出るとよくわかりますね。俺のいる場所はないなと思うものね。
東映では。やっぱり、小林旭を主役にしなくちゃ!アキラはもう1度咲くよ。昔の名前で出ていますというくらい・‥…「仁義なき戦い」の小林旭は菅原文太がぶっ飛んしゃうくらいよかったものね。
アキラは主役をやる仁だと思いますね。裕ちゃんでも旭でも、撮影所ではみんないっしょですからね、日活の場合は。

 

 

(*この後、実際に旭さんブームが来た-管理人)


 
 渡哲也? 小杉勇の「あばれ騎士道」がデビューで俺の弟役。彼がセリフがいえないので2時間待ってね。いまでもよくいうけど、ホントに彼は途中で声が出なくなるのね。それで紙に「声が出ません」と。小
杉勇が「渡、外へ出ろ」って。何がブルー・リボンだって……。(笑)一吉永小百合もマイクの前で歌が唄えないということがあったな。旧日活組はブルー・リボンをもらった人が多いよ。裕ちゃん、小百合、長門裕之、南田洋子、渡と‥‥・・。
 俺はシネぱら大賞くらい。(笑)「第2回映画ファンのための映画まつり」はシネぱら編集部の陰謀だ。(笑)大阪のOS劇場の前であるファンに「関電ホールに行きました」(*
シネぱら大賞発表会会場-管理人)と声をかけられましたね。その人にお茶をごちそうしたけど。

 

 

 

 鈴木清順さん?「肉体の門」なんか25日間で撮ったんですけどね。(中略)「肉体の門」は清順さんの代表作じゃないかな。5人の娼婦を色分けしたでしょう。おたくはカラーを知ってるねっていったけど。「けんかえれじい」「野獣の青春」「東京流れ者」よりも「肉体の門」が上ですね。
 芝居の背景(場所)をかえちゃうわけですよ。心情としての絵がうしろにあればいいということじゃないですか。カットの省略、同しシーンのなかで場所をかえるとか、スクリーン・プロセスとか、「野獣の青春」は川地民夫がよかったね。赤い棉が白黒のなかにポツンと。黒沢明の「天国と地獄」を真似たのかな。


 長谷部安春? あの人を一番買ったのは、イアン・フレミングをやろうと言い出したときね。007をね。それからですね。「みな殺しの拳銃」もよかったね。藤竜也にこの間、電話したら「只今、休業中です」って。それでテレビの日活オールスターの話をすると「何か手伝わせてください」っていうから、「芦川いづみを出したいんだけど」というと「それはカンペンしてください」っていうの。藤竜と武藤章生と俺の三人で英語とタップを習いに行ってたことがあったけど、一カ月くらいでやめちゃったな。(笑)
 
 

 


 
  「殺しの烙印」? 清順さんのミステイクだったのじゃないかな。アイデアの軸は大和屋竺だと思うけどね。堀久作にはわからないわね。(笑)
  面白いけどね。曽根がね「5万円貸して下さい」というわけ。「大和屋がインドに行って帰って来れないとか」 いうの。(笑)
  「みな殺しの拳銃」「拳銃は俺のパスポート」「殺しの烙印」とみんな傑作ですよね。俺の時代が来るなという感じがしたけど、お客は入らないなと思ったですね。主役の終止符が「殺しの烙印」ですね。清順さんにとっても俺にとっても。余ろくでそのあともやってますけどね。
 45歳まで活劇を。いま43歳だから。あと2年で俺はスターになる。というのも、ボクシングのフロイド・パターソンがジンクスを破ってヘビー級のチャンピオンに帰り咲いたのが45歳のとき。8人の子供がいてね。

 



 ボク自身のベスト・スリー? 「肉体の門」と「拳銃は俺のパスポート」、それに「早射ち野郎」ですね。野村孝とケンカしたけど、ポクの誤算で、そこが一番ウケたものね。宣伝のジャックが「早射ち0.何秒、世界的3位」なんてね。当時の宣伝の遠藤醇(じゅん)ちゃんが考えた最高傑作でね。
彼はそのあと吉永小百合を担当したけどね。
 芦川いブみ?「野獣のように見えて」があるね。山田信夫(脚本)が“復権”ということを盛んにいってた映画だね。 乗馬? 宍戸ジョウ馬というくらいだから。うまいもんですよ。いま、CMでも馬に来ったシーンがあるよ。馬はウマがあうというか得意。でも、渡り鳥で初めて乗ったけど、恐ったけどね。郷えい治には負けるけどね。日活はみんなアクション・シーンはうまいよね。実際に体を動かすしね。鶴田浩二さんとか勝新太郎さんなんかとアクション・シーンをやったけど、体はあまり動かないですね。
 

 


 
 最近の映画? 「ネットワーク」が喜劇として面白かった。あの誇張のなかにアメリカの恐しさを感じればいいんで。アメリカという国はボキャブラリーがある国だな。
 「ろくでなし稼業」で主題歌? 歌はあのころは全くダメだったですね。いまは待意ですけどね。「北の宿から」から「岸蟹の母」まで。(笑)
 「縄張はもらった」のラスト・シーンは東条英機の家の門なんですよね。あのタバコを吸う場面のセリフ? あれはエリア・カザンが発明したやつなんですよ。あの人は俳優だったんですからね。

 

あの頃の錠さんアルバム 『メキシコ無宿』の頃の錠さんアルバム


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上記文章は昭和52年3月25日発行「シネマぱらだいす」6号からの2次使用です。日活映画ファンとしての立場からの引用であり、著作権等侵害等の
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